7月号では焼酎づくりが行われていることをお伝えしましたが、花の舞の蔵では例年5月末に日本酒の仕込みが終了すると、焼酎とともに、梅酒づくりも行われます。
焼酎で漬けるものも一部ありますが、主流はなんといっても純米酒です。
花の舞では地元静岡県産の米だけを使った酒づくりを行っています。純米酒ももちろんそう。だから、この梅酒は本物の地酒を使ったちょっとぜいたくなものと言えるかもしれません。
今はじっくり漬け込んでいるところ。9月には純米酒で漬けたからこその、ひとあじも、ふたあじも違う梅酒ができあがります。
この頃は梅酒がちょっとしたブームとか。ご家庭でつくる方もいらっしゃることでしょうが、蔵で仕込んだ純米梅酒もぜひお試しいただければと思います。
日本酒はどのようにしてつくられるのか。実はその醸造法は複雑で、一言で簡単に説明するのは難しいのです。しかし、日本の食文化を代表する飲み物として、ぜひ、読者のみなさんにもその概略は知っていただきたい。
そこで、思いました。どの本や説明書より分かりやすい「日本酒のつくられ方」を書こうと。土田杜氏や蔵人に協力してもらい、工程を追って何回かに分けて説明していこうと思います。
今回はその1回目として「精米」を取り上げます。これを読めばあなたも日本酒通。ぜひ、毎号お読みください。
その1「精米」
第1回目は酒づくりの主原料となる「米」についての説明から始めましょう。本来は酒米とは何か、どんな酒米がいいのかというところから話を始めるべきですが、この月刊「花の舞」や「静岡山田錦研究会レポート」で米に関することを毎回詳しくお伝えしていますので、ここでは米そのものの説明は省き、それをどうするのか、というところから始めたいと思います。
精米とは
花の舞では年間約15.000俵(900トン)の酒米を購入しています。そのすべてが地元静岡県産の米です。花の舞は原材料がすべて地元産であってこそ真の地酒である、というポリシーのもと、それを実現しています。
実は、これはなかなかすごいことで、全国的に見ても、ある程度の規模の生産量がある蔵で、すべて地元米を使用しているところはそんなにはないのです。
それが可能になったのは、酒造好適米の「山田錦」を地元の契約農家が栽培し、その必要量を確保できているからです。吟醸酒など高級酒づくりに欠かせない米である「山田錦」の産地は兵庫県で、ほとんどの蔵が兵庫県産米を使っていますが、花の舞では「山田錦」も100%地元米を使用しています。
さて、米は酒造好適米の「五百万石」が8月下旬頃、「山田錦」は10月上旬頃から刈り入れが始まるので、9月上旬から順次玄米が花の舞に入荷します。そしてまず、その玄米から酒造りに不必要なものを取り去る作業を行います。それが「精米」です。
精米が酒の味を左右する
玄米の表層部や胚芽には、麹菌や酵母の増殖、発酵促進にとって過剰な灰分やビタミン類が多く、さらには必要以上に多いと整成酒の香りや味を劣化させてしまうタンパク質や脂肪も多く含まれています。それらは栄養価は高いのですが酒造りには不必要なものです。そのために米を削る「精米」が行われるのです。
いま、分かりやすく、米を「削る」と書きましたが、蔵では昔から「磨く」と言っています。大切な米を扱う蔵人たちの気持ちが伝わってくるようです。
米を磨き、米の芯に近づくほど純粋な澱粉質になります。それがおいしい酒をつくるのです。米をどれだけきれいに磨いているかで、酒の味が決まるとさえ言われており、「精米」はおいしい酒をつくる重要なカギを握っているのです。
精米の原理
花の舞は自社で精米工場を持ち、精米は機械によって行われます。その原理は、米が巨大な精米機の上まで運ばれ、内部に投入されます。精米機の下部には高速回転するセラミックの砥石が設置されており、そこに米がたまり、砥石に当たることによって表面が徐々に削られ、ある一定分削られたら下に落ちる仕組みになっています。下に落ちた米は再度上まで運ばれ、同じことが繰り返されます。これがすべて自動で行われています。
米の磨き方は砥石の回転と米にかける抵抗で決まる
米の磨き方は砥石の回転数と米をそこに閉じ込めておく抵抗(圧力)によって決定されます。米にかける抵抗は分銅の重さ(圧力)によって調整されます。
例えば、抵抗を小さく(軽く)すると、米が砥石の回転している部分に留まる時間が短く、すぐに下に落ちていきます。そしてまた上まで運ばれ、同じことが繰り返されますが、加えて、砥石の回転が遅ければ、時間ばかりかかって、米はなかなか磨けないということになるのです。
逆に、砥石の回転数を上げ、抵抗を強くすると、米は砥石が回転する部分に長く留まることになり、早く精米できることになります。しかし、米が割れたり、砕けたりする危険性も増します。
精米はコンピュータ制御の精米機によって行われるとは言え、その数値を入力するのは人間の仕事。ここに長年の経験が活かされることになるのです。米の品種を見て、砥石の回転数と分銅の抵抗(重さ)を数値で入力します。そして、一つの米を精米するのにも、その過程、時間の経過によって、その数値は変えられています。
酒によって精米歩合が異なる
前述した理由により、上質な酒をつくるときほど米をていねいに磨き、余分なものを削り取ります。それを数値で表したものが精米歩合です。精米歩合とは玄米から削り取られた米の大きさの割合を表すもので、例えば「花の舞大吟」の精米歩合は40%ですが、それは6割を磨き(削り取り)、4割が残っているということを表しています。精米歩合の数値が小さければ当然精米する時間は長くなります。ゆっくりゆるやかな摩擦で磨くためです。ちなみに精米歩合を40%にするためにかかる時間は二昼夜(約50時間)にもなります。
削られたヌカは再利用される
精米で削り取られた部分はいかにももったいないように感じますが、じつはちゃんとそれも他で利用されているのです。玄米の状態(精米歩合100%)から90%まで削るときに出る削りカスは「赤ヌカ」と呼ばれ、家畜の飼料になります。そして、90%から80%は「中ヌカ」と呼ばれ、同じく飼料に利用されています。さらに、80%から40%までは「白ヌカ」と呼ばれ、米菓などの加工食品に使われています。
高精白は花の舞のこだわり
花の舞の精米について土田杜氏はこう語っています。
「私たちは田を見て、苗を見て、稲のできばえを見ています。だから、うちの蔵に入ってくる米の生い立ち、素性がよくわかっている。それを自社の精米工場で精米するのですから、完璧な状態に近づけることができます。しかも、地元産のいい米を用意してもらっているので妥協はできないですね。うちの精米歩合の平均は58%。高精白です。そうするためには費用も時間もかかっているわけですが、価格には転化できない。高品質の酒をつくるための我々のこだわりですね」。
酒は米からつくられます。だから決して精米はおろそかにはできません。精米へのこだわりが生まれてくる理由はそこにあります。
これからどんな酒をつくってみたいですか?
日本酒の文化にのっとった中で、新しい嗜好的分野を開拓してみたい。
今まで日本酒を口にしたことがない人や、日本酒は苦手と思っていた人に、花の舞を口にすることによって、少しでも、日本酒ってこんなにもおいしいものだったのかと思ってもらえるような酒をつくりたいですね。ただ、今まで日本酒を飲んでくださっている人あってのこれからですから、そういう方々を大切にしながら、なおかつ、新しい分野にも目を向けていきたいと考えています。
質が上がれば上がるほど、個性の幅が狭くなっていきます。そんな中で新しいものを考えていくのはたいへんですが、原料が良ければいろいろな方法がとれます。いい米を活かして、これからの多様化するアルコール業界の中で、斬新とまではいかないかもしれませんが、日本酒の文化にのっとった中で、新しい嗜好的分野を開拓していきたいです。
月刊「花の舞」7月号で日本酒は時代によって甘口傾向だったり、辛口傾向だったり、甘辛の傾向の波があった、という話をしました。
それでは、日本酒は地域によって甘口、辛口などの特徴があるのか、という疑問もわいてきます。そこで、また、土田杜氏に聞いてみると、おもしろい資料を用意してくれました。それは、平成17年12月、名古屋国税局鑑定官室発行の「酒造概況」というもので、そこに、平成16年から17年にかけて行われた「全国市販酒類調査」の結果があり、その中に、都道府県「甘辛度」と「濃淡度」が出ていたのです。
それを見ると、やっぱり、地域によって特徴がありました。今回はそれを紹介しましょう。
◆平成16年度都道府県甘辛度
都道府県ごとに甘口から辛口までを4段階に色分けしています。
なお、甘辛度を出すための計算式があるのですが、それを説明するのはたいへん難しいので(私もよくわかりません)結果のみ掲載します。
数値が大きいほど甘口、小さいほど辛口を表しています。
甘口ベスト10
辛口ベスト10
◆平成16年度都道府県濃淡度
濃淡度とは、その日本酒が「濃醇」であるか、「淡麗」であるかをあらわすものです。
都道府県ごとに濃醇から淡麗までを4段階に色分けしています。
なお、濃淡度を出すための計算式は省略して結果のみ掲載します。
数値が大きいほど濃醇、小さいほど淡麗を表しています。
濃醇ベスト5
淡麗ベスト5
◆平成16年度各都道府県の甘辛度・濃淡度(平均値)
これは各都道府県の日本酒の甘辛・濃淡度は全国的にみたらどのあたりに位置するかを表したものです。左右が甘辛度、上下が濃淡度を表しています。これを見ると一目で甘辛・濃淡度が分かり、非常に興味深いものがあります。
さすがと言うか、やっぱりと言うか、高知県の酒は辛口濃醇。千葉、東京、神奈川など首都圏の酒も辛口濃醇であることが分かります。
甘口で濃醇という酒はほとんどないと言うことも分かりました。しかし、九州の酒が全般に甘口であったのは新発見です。
淡麗辛口の酒は富山、静岡、新潟など中部地方に多いのですが、愛知、岐阜、山梨などは濃醇傾向を表していて、微妙であります。
さあ、みなさんはご覧になっていかがでしたでしょうか。予想通りだったか、意外だったか。また、おもしろい情報を手に入れてお伝えしたいと思います。
日本酒は飲んでおいしいだけじゃありません。
調理に日本酒を使うことで、あんなこと、こんなことが簡単にできてしまうのです。
今回は、これは便利「ごはん編」。ぜひご家庭でお試しください。
●芯のあるごはんは日本酒で直す
水加減の失敗などで、炊けたごはんに芯が残ってしまったら、米4.5カップに対して、大さじ1杯の日本酒を振りかけ、よく混ぜてから再スイッチ。こうすることで、芯が取れ、ほどよい水分を持ったおいしいごはんになります。
これは、二度炊きした臭みを日本酒の香気成分が抑えておいしく炊き上げるため。さらに、糖がごはんに甘みを与えてくれるので、古いお米を炊くときも効果的です。
●冷やごはん、冷凍ごはんもふっくら
冷やごはんを茶碗に入れ、日本酒を手でパパッと振りかけレンジで加熱します。これだけで炊き立てと同じふっくらごはんに仕上がります。凍ったごはんも同様にします。
●炊き込みごはん、雑炊、炒飯の仕上げに
炊き込みごはん、雑炊、炒飯などは仕上げに鍋肌から日本酒を回しかけます。すると、風味がグンと増し、プロの味に。
胃にはふつう心臓から出る血液の4%くらいの血液が流れています。適量のお酒を飲むと、その血液の量がグンと増えて、心臓の働きがリズミカルになり、全身の血行が良くなります。その結果、胃液の分泌が盛んになり、食欲も増し、消化機能も高まるというわけです。また、うれしいことに、日本酒程度の度数(15%程度)のアルコールが胃に入ると、ラジカルというばい菌を殺す働きが強くなります。これは、殺菌作用のあるワサビやショウガなどの香辛料を取ったのと同じ効果があります。
食欲がわいた後で、食べながら飲むということも、胃液の分泌を盛んにするとともに、胃の中のアルコール濃度(10%以内がベスト)を薄めるという点で重要です。
また、同じ量のお酒でもグイッと飲むのと、時間をかけて飲むのとでは、胃への影響がまったく違います。ゆっくり飲めばアルコール濃度を常に良い状態に保つことができます。食べ方にも気を使えば、お酒はいっそうおいしくなります。
連載第5回
「情報交換会」で花の舞が「勉強会」を提案
花の舞の竹内営業部長は地元産山田錦の量と質の向上をめざし、生産者の確保と組織化へ向けて動きを本格化させた。
そんな中に研究会結成に向けて弾みをつける重要な役割を果たしたものがある。平成9年4月10日、花の舞本社で開かれた「山田錦生産者情報交換会」がそれだ。出席したのは豊岡村(現磐田市)の乗松精二、浜松市都田の鈴木良紀ら生産者12名。農協関係者5名。花の舞からは竹内営業部長と、地元での山田錦づくりに慎重な態度を崩さない製造部長が出席した。

花の舞の竹内はこの場で生産者の組織化にめどをつけたいという腹積もりであった。しかし、生産者は会の名称通り情報交換をするためにこの会合に参加していた。乗松の認識も「雑談」だった。あれこれといろいろな話が飛び交い、季節柄田植えの時期の話題になった。都田の鈴木が「少し根が出ているくらいで田植えした方が伸びがいいですね」と言うと、すかさず「鈴木君、そこが決め手だよ。それが正解だ。田植え日は葉齢を見て決めるのがいちばんだ」と乗松が応えた。それが二人が初めて会って交わした最初の言葉だった。研究会の初代会長となる乗松と二代目の会長となる鈴木がこの席で初めて顔を合わせている。その時の様子を鈴木ははっきりと覚えていると言う。「あのひとことで乗松さんに親近感がわきましたね」。
当時、鈴木はすでに酒販店や都田地区で山田錦を栽培する農家のグループで結成した「都田山田錦研究会」のメンバーに入っていた。その頃、酒販店グループが都田産山田錦を使ったオリジナル商品を販売することになり、鈴木たち農家は山田錦を40俵つくってほしいという要請を受けていた。一升瓶(1・8リットル)で約1300本くらいができる量だ。「あのときは、いいものをつくらなければお酒の販売店さんに申し訳ないと思い、いっしょうけんめいやっていました」。鈴木は山田錦づくりを着々と実践していた。
竹内は情報交換会の席で「これから、みんなまとまって勉強会をやりませんか。みんなで研究しながらいい山田錦をつくりましょう」と提案した。しかし、生産者には戸惑いがあった。それもそのはず、この場に集まった農家の中で、実際に山田錦をつくっていたのは乗松や鈴木らごくわずかで、まだつくったことのない人の方が多かったのだ。そういう環境でどんな勉強をするのか、どういう形の勉強会がいいのか、情報交換のためにやって来た生産者はただ戸惑うばかりだった。
「乗松をかつぎ出して一気に組織化へ」はならず
花の舞の竹内は「なんとか農家を組織化したい」と考え、ついてはそのリーダーに乗松になってほしいと考えていた。「乗松さんは米づくりのことをよく知っているし、研究熱心だ。乗松さんがリーダーになってやってくれれば会もまとまっていくだろう。乗松さんの言うことならみんなも聞いてくれるだろう。そう思っていました」。
一方の乗松は農家を組織するのは並大抵なことではできないと分かっていた。
「農家は人の言うことを聞くわけがない。俺は今までこうやってきた。それでいいのができた。だから、このやり方でいい、というようにね。それに、農家は理論ではなく、感覚で米づくりをしてきました。だから、どの農家も、酒米だけじゃなく普通の食米も、できのいい年と悪い年のブレが大きかったのです。そんなブレを起こすようでは花の舞の山田錦をつくることはできないと思いました。竹内さんは組織化にこだわるが、組織はできても品質がバラバラの米が花の舞に入ったのでは、花の舞がすぐにまいってしまうだろう。そんなところに自分が会長としてかつぎ出されるのは切ないことだと思いましたね」。
竹内の目論みははずれ、情報交換会での結論は「ともかく勉強会をやってみましょうか」というレベルのものになった。農協関係者は反対する必要もないため「いいじゃないでしょうか」という態度だった。しかし、何をどうするのか、具体的な内容は何も決まらないままに「雑談」はお開きとなった。
しかし、この会合が参加者それぞれに与えた影響は小さくなかった。その証拠にこの3カ月後には静岡山田錦研究会が発足しているのだ。会合をきっかけに生産者の組織化へ向けて動き始めたのは間違いないだろう。
乗松ついに、組織化、会長就任を承諾する
竹内はその後も山田錦をつくる農家を組織化するために、賛同してくれそうな人を求めてあちこち回っていた。それにより、やってみようという人の数も徐々に増えていった。
そういう人に対し「会長は乗松さんでどうだ」と呼びかけ、「それでいいでしょう」ということになった。そしてまた、乗松をたずね「乗松さんやってもらえないか。難しいのは分かっている。あなたはすでに山田錦をつくっている経験者だ。やってくれ」と懇願した。
ここまで事が進んでしまうと乗松にはもう断る術がない。そこでいくつかの条件を出した。「私がやれば、がんがん言うから、会が空中分解してしまうかもしれない。つぶしていいのなら、そのままで終わり。つぶしてまずいのなら竹内さん間に入ってなだめ役をやってくれ」。組織化のためにもっとも積極的に動いた竹内には引き続き活動してもらうことが大前提だった。
一方で、会社としての花の舞の理解と協力が絶対不可欠となる。「初めての人もかなり入ってくるだろうから失敗する可能性もある。失敗したらだめだなんて言わないでくれよ」。「会社が途中でいらないなんて言っちゃ困るよ。花の舞が責任持って買い上げてくれるのならやりましょう」。これら条件の了解が得られたことで乗松は会のリーダーになることを承諾した。
乗松にしてこれだけ慎重にならざるを得ないのだから、これからやることがいかに困難なことであるのか容易に想像できる。しかし、それができるのは「乗松さんしかいない」のであった。
竹内は会の名称を「花の舞山田錦研究会でどうでしょう」と提案してきた。乗松ははっきりと「それなら私はやらない。花の舞じゃなく、静岡にしてほしい」。当時、静岡県稲作研究会会長を務めていた乗松は企業名のついた組織の会長を務めることははばかられたのだ。こうしてついに「静岡山田錦研究会」が結成されることになった。時間のない中、発会式の準備があわただしく進められた。会の規約は乗松が一晩でつくり上げた。
1回目の圃場巡回とともに行われた発会式
平成9年7月3日、「静岡山田錦研究会」の発会式が花の舞本社で行われた。そこで規約が承認され、会長は乗松精二、事務局は花の舞が務めることになった。
規約の第一条目的にはこう書かれている。「この研究会は静岡県の酒造好適米山田錦の高品質化と安定拡大生産をはかり、生産農家の振興と静岡の酒造に寄与するため、各種生産技術の研究と会員相互の親睦をはかることを目的とする」。
その日竹内が書いたメモが残っている。「巡回は予定通り行われた。
懇談会では永谷先生を囲んで和気あいあいと質問などが交わされ、グループごとに情報交換を行う。規約については原案どおり承認された。永谷先生に顧問就任をお願いし了承いただいた」。
実は、この日は静岡山田錦研究会の記念すべき第1回目の圃場巡回の日でもあった。山田錦の専門家で各地でアドバイザーを務めている永谷正治氏を招いて巡回指導を行った後、発会式が行われたのだ。翌4日にも残りの地域の圃場巡回が行われている。
4月の情報交換会以降、花の舞竹内と会長就任を了解した乗松のコンビで、この日に向けて着々と準備がされていた。永谷氏に顧問就任を要請し、入会予定者全員の圃場を巡回する段取りまで既にできあがっていたのだった。
「会のスタートが7月だから、その年はみんなの苗を見ていないですね。ともかくスタートしたわけです。会員は24人。その内、21人が作付けしました」と、乗松はあわただしく動き出した当時の様子を語る。
研究会はこの後、8月1日と10月3、4日にも永谷氏を招き圃場の巡回指導を行っている。その8月1日の巡回に使用するための資料が作られた。
「出穂予定日・穂肥の時期とチッ素の量・水管理・出穂日の確認・収穫・乾燥・籾摺・米撰機」などの項目ごとに具体的な数値、注意事項、厳守すべき事項が書かれている。そして最後に「この資料は乗松の私見によるものですから承知おき下さい」とある。乗松自身の経験に基づいたことや勉強したことから導き出された、いわば山田錦づくりのためのマニュアルだ。人の言うことを聞かない農家に向かって、いよいよ乗松がものを言い始めた。
この年の9月末で竹内が花の舞を定年退職した。乗松は「竹内さんがいなければ会はできていなかった」と言う。
竹内は「他にやる人がいなかったからね。ぼくは当時フリーだったから。でも、努力が実ってよかった」と当時を振り返る。そして、「遠州地域の気候や土壌、それに生産者の意気込みで、兵庫の山田錦に負けることはないんじゃないかな」。あれから10年。自分が結成に携わった静岡山田錦研究会の実力をそう評価した。
月刊「花の舞」を読んだ感想やご意見、土田杜氏への質問などございましたら、どうぞ、お寄せください。
読者の皆様からお便りがいただけるようスタッフ一同(約2名)がんばってやっていきます。
いったい今年の天気はどうなっているのでしょう。長い梅雨が続き、ようやく梅雨明け宣言が出たと思ったら、曇りがちの涼しい日が続いたりして、ちょっと尋常ではありませんね。日照時間の不足も深刻らしいです。野菜はものによっては価格が2倍にハネ上がっているそうで、困ったものです。酒米についても、7月7日に行われた静岡山田錦研究会のたんぼの巡回で、日照不足が心配だという声が出ていました。この8月4日に2回目のたんぼの巡回が行われます。はたして、その影響は出ているのかどうか、その様子は「静岡山田錦研究会レポート」で報告しますのでそちらもぜひご覧ください。それではどちらさまも、お体を大切に。不安定な天候に負けぬよう8月を乗りきりましょう。(よ)
先日、営業の社員が蔵の脇で見つけたと言って大事そうに手に包んで持ってきたカブトムシ2匹。昼間外気温36度になった、夏真っ盛りの日の朝の出来事でした。(て)